薬鑵と銚子のこと

2011年12月29日


 

師匠に鍛金を習い始めた最初の頃、昔は銀瓶(銀製の薬鑵)と銚子を作れたら、一人前の職人だったという話を聞きました。

板からではありません。
インゴットから作れることが一人前の鍛金職人と認められる条件だったそうです。

 

インゴットから作る…どういうことかというと、、、大体下記のような感じでしょうか。

1kgの銀のインゴットを手で叩いて延ばし、板状にする。

薬鑵の身にちょうど良い厚みになるまで叩いて薄くしたら、そこから必要な形を切り取る。

他にも蓋や注ぎ口や持ち手となる弦などそれぞれに必要な厚みに叩いて地金を取る。

切り取った地金を火で柔らかく鈍し、さまざまな当金と金槌を使って叩きながら薬鑵を形作っていく。

注ぎ口やツルはロウ付けも駆使する。

蓋も、叩いたりロウ付けをして作る。

薬鑵の耳やつまみは、余った地金を溶かし、再び塊にして、そこから叩いたり削り出したりして作る。

もちろんツルを耳に留めるためのリベットも、塊から削り出して行く・・・。

 

写真のような銀製の薬鑵を作るのに必要なパーツは18個。

薬鑵を作るのには、厚みをコントロールしながら綺麗な円に絞る技術、注ぎ口などの変形絞りの技術、接着面をぴったり摺り合わせてロウ付けをする技術、パイプを作る技術、摘みや耳などの細工、カシメなど、鍛金でものを作るのに必要なほぼ全ての技術が入っています。

1つのインゴットから手仕事で薬鑵をつくれるか、そしてそれがどのくらい短期間でできるかで職人の腕がわかったそうです。

 

今はどうでしょうか。

インゴットから作っている人はおそらくほとんどいないでしょう。
時間がかかり過ぎて、ものすごく高い薬鑵になってしまいます。
おそらく多くの職人や作家は、使いたい厚みの地金を地金屋さんから買い、それぞれのパーツを地金取りしているはずです。
丸い形であれば、へら絞りで整形したものに鎚目を付けることもあるかもしれません
実際、その方が正確な円に仕上がりますし、時間もかかりません。
買ってくださる方がどんなものを求めているかで作り方を変えればよいと思います。

 

しかし、実際にインゴットから作ることはなくても、作れと言われたら作れるだけの腕は持ちたい。鍛金家として一人前になりたい。

師匠からその話を聞いた時にそう思いました。

 

写真は私がはじめて作った銀瓶(銀製の薬鑵)です。インゴットからではありませんが、全て板や塊からパーツを削り出し、手仕事のみで作りました。

銀瓶は、使い勝手を考えて、本体の胴部は厚みを薄くし、軽く仕上げています。長く使えるように、底と口元には厚みを残してあります。(純銀512g)
容量は700cc、炭や電気風炉での使用はもちろん、直接火にもかけられます。

使い続けるうちに味のある古美色が増してきます。

お茶の点前にも使えるように、蓋の立ち上がりは低めにしてありますが、片手で湯を注いでもかなり傾けない限り蓋が取れることはありません。

摘みは、四角と円を組み合わせたボタンのようなつまみです。

湯切れは抜群。とても使い易い銀瓶です。

 

さて、インゴットから銀瓶を作る楽しみは、老後に取っておこうと思います。

カテゴリー:金工の茶道具 , 金工雑感 | コメント